「おおかみがきたぞ〜!!」に対する個人的見解

編集途中ですが一応公開してしまいます

元はイソップ寓話の『嘘をつく子供』であるとWikipediaに書いてあります。でも、他の国のWikipediaのページにはなんかしら狼をあらわす語がタイトルについています。英語版には『The Boy Who Cried Wolf』とあり、この話からcry wolfというイディオムが出来たそうです。意味は「人騒がせなうそをつく, 虚報を伝える」とのこと。

話の内容の詳しいことは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E5%AD%90%E4%BE%9B

を見るといいらしいです。

本題。(ここからほとんどのことはtozangezanによる妄想です)

普通にこの話をこのまま妄想したところであんまり進展は見られなさそうなので、ここでは散々仮定を使います。

・この「少年」が狼男(=人狼, werewolf, lycanthropy)であると仮定する。
そうすると元の作品をかなり無視した話になるはずです。

  1. ある村に狼男である少年がいる。
  2. 戦略として、この少年は「狼が来たぞ〜」と毎日言うことによってなんかしら周りを反応させる。(だからといって自分は変身したりしない)
  3. しばらく言い続けていると、何も反応しなくなる。
  4. ある日もいつもと同じように叫ぶが、その日だけ少年が狼に変身する
  5. それなりにごまかせる(はず)

そして後で村の人にお説教されるなどですむはずです。まさか少年が狼男だとは思わないだろうということです(適当)。

  1. その後、村では警戒態勢に入るはず。そこからの少年の行動は結構考えされられる。
  2. それでもなお嘘をつき続けた場合、かなり村の人に顰蹙を買うはずである。だがしかし、顰蹙を買うことを犠牲にして自分が狼男であることを隠すのはそれ相応とも取れる。
  3. 逆に嘘をつくのをやめた場合、その後、少年が狼になれる時間は⑦の時よりも少ないと思われる(あんまり下手にやっていられない。みんなが警戒ムードになる。)

しかし、「目立つ人が怪しい」と考える人も多くいるはずである。その微妙なバランスをどうするべきなのかはまた微妙。

・ここでいう「村」のサイズによる対応の変化
良くあるこのようなお話の「村」はせいぜい3桁人口、または2桁人口で、いわゆる「集落」である。
この程度であれば、結構リスクは高いが、作戦の意義はあると思われる。
これが4桁人口の村になると、この少年に関する話題が浸透しにくくなる。すると、「周りが何も反応しない」に到達しづらくなり、別に変な子供がいるだけで、それからこの村では狼による被害があるということだけが残る。
5〜6桁人口の都市であったら、それは良くある映画のような展開と大差なくなるはずである(ここまで来るとわざわざ狼男が周りだけを襲う理由がなくなる)

・さて、「少年」と表現するほどの男の子がそのような面倒なことを考えるのであろうか。
Wikipediaには元の作品は「退屈しのぎ」とあるが、さすがにこのケースで少年が「退屈しのぎ」にこのようなことをするというのは無謀であろう。さすがになんかを考えているはずである。
しかし、この「少年」の年齢で(Wikipedia英語版でも見れば良いと思うが)このような面倒なことを考えるのであろうか。少なくとも僕がそうであったら考えないであろう(これは嘘かもしれない。わざわざ記事を書いているあたり)。
よく吸血鬼などが出てくるゲームやらラノベやらがあるが、そういった者たちは外見年齢に対する実際の年齢が非常に高く、知識も豊富だとかいうものを目にする。狼男であったらどうであろうか。

狼男は変身している多少の時期をのぞいては普通の人間と大差ないはずである。実際その状態で長い年月で年齢が変わらないというのもおかしいことである。さらに、多くの作品では、人間と同じスピードで歳をとっているものがほとんど。(ヴァンパイアシリーズのガロンは生年月日が1940年となっているが、別の時代のキャラたちがどうやら別の世界で戦っているらしい)

ということは少年なのに少年らしくない考え方をするということは珍しいものである。

・やっぱりこれに利益はあるのか
本当に長期間続けたとする。(100日くらいであろうか)。その後、この狼男が村の人たちを襲ったとする。ここでもしあまりにも長い間少年が叫び続けていた場合、あんまり話題にのぼらない可能性がある。どのくらいなのかは分からない。
それからリスクも大きいはずである。当然怪しまれる。当然。でも怪しまれるのを回避する手段はいくらでも見つかるはずである。どうやら忍耐が大事らしい。
村民たちを早めに逃げさせる、という考え方もある(これはなかなか関心深い考え方である)。このときは、この少年が人間であるときと狼であるときの意志が相反したり、狼化すると理性が飛んで大変なことになるのでなるべく早めに村の人たちを避難させたい、という考えから起こることである。この論が(相対的に)すばらしいと思う。他の考えは一体なんだったのであろうか。
このときなら、このような流れを考えることが出来る。